平等なのは・・・。
えええ~~。こんなに~。
と驚いているのは、12月中旬から1月中旬までの
ロードヒーテイングの電気代の請求書が来たのです。
わお。
昨年と比べると1万円も多いではあありませんか。
まあ、それだけ雪が降っているということですし、
ヒーテイングがあるだけ私のところは「ありがたい」
と思わなくてはいけませんわね。
そう、そのヒーテイングのことで、一つ勉強になった
事がありました。
それは、ある雪が一挙に沢山降ったときのことです。
札幌は除雪車が重たい雪を、しっかりと玄関先において行ってくれます。
これをまた車道に捨てようものなら、車の運転手さんからお叱りが・・・。
でも、もう雪を投げるところがなくなっていて(家の両脇も背の高さ以上になっています。)
では仕方ないと思い、店の前の歩道に満遍なく置いて
それからヒーテイングを入れ雪を融かそうと考えました。
その時、ある80過ぎのおじいさんが歩いてきて、
汗水たらしてやっている私に一言。
「これはいけないだろう。」
「いえ、今ヒーテイングで融かしていますので・・・。」
「とかすっていったって、歩きづらいんだから・・・。」
「・・・。」
といわれてしまったんですね。
当然その時は少し歩き難かったかもしれないのですが、一時のことですし、ほんの2メートル3メートルのことです。
でも、おじいさんには許せなかったんでしょうね。
ほいでその後、また雪が降って、先日のこともあるので、今度はまた歩道が綺麗に雪が無いので、そこの半分を残し、半分に雪を乗せ融かし始めたんですね。
その時、通りかかったのは、娘さんとお孫さんとおじいさんかな。
お孫さんを娘さんとおじいさんでソリに乗せて引っ張ってきたんです。
(雪国では小さい子供をよくソリに乗せて引っ張ります。私もよく親やおじいちゃんに引っ張ってもらいました。ただうちの親はちょくちょく途中で軽くなっておかしいと思っては後ろを見る私をソリからおとしていたようです。 ^^;)
今度は雪が無いので、当店の前をソリが滑らない為
娘さんが前を、おじいちゃんが後ろのソリを子供を
乗せたまま引っ張り上げ、歩いて通ってくれました。
それをみた私は、「すみません。ヒーテイングをして雪を融かしているものですから・・・。」
と声をかけると、おじいさんは、ニコニコしてわざわざ帽子まで脱いでいただき、「いえいえ、とんでも
ないですよ・・・。」と軽く会釈をしていかれました。とてもその表情、言葉のニュアンスから、
「融かして頂いているのに、逆に恐縮です。」という
感謝の気持ちが伝わってきました。
私もそのおじいさんの気持ちを有難く頂き、一日
元気に過ごせました。
この状況を比較してみると、お二人とも同じぐらいの
ご年齢のおじいさんです。
でも、一つの事に対して、180度の考え方をあらわすわけです。もちろんそれに伴う表情も、言葉も違いますよね。
今回はそれぞれに思いがちがったのだと言えばそれまでですが、ここで私が学んだのは、同じ時を過ごしてきても考え方も、表現も、言葉遣いもこれだけ違う
人になるんだということです。
人間は生まれも、育った環境も、持っているものも、
全て不平等です。
これは仕方の無いことで、そこで何を学ぶかが人それぞれなんだということを、ある本で読みました。
でも、時間だけは平等ですね。
どんなに偉い方でも、どんなに辛い状況を生きている人でも、貧乏、金持ち、全てにおいても、時間だけは
誰しもが同じだけ頂いているわけで。
(まあ、細かく言うと寿命はそれぞれ違うので、そこを言われるとまた話が変わりますが、ここは置いておいて・・・。)
1日24時間、1年は365日です。
どのように過ごすか、何を読み、何を食べ、何を考え
何をするか・・・・。
私も100%とは行かなくとも、なるべく後者のおじいさんのようになれるよう、時を過ごし、年を取って行きたいと思いましたね。
まあ、最初のおじいさんにも理由があったとは思うのですが、あまりにも険しい人相だったので、ちょっと
嫌な感じでした。
自分の不平不満を言う前に、相手の労をねぎらってから言うのでは、違う気がするのですが・・・。
まずは人は変えられないので、自分からです。
では、では、平等の時間をこの後はどのように過ごしましょうか。
紅茶でも入れ、すてきな音楽でも聴きながら・・・
・・・って、机の上のごちゃごちゃをまずどうにかしんしゃい練ってね。
ううううう。
そこからだ。嶺 えええ~~。こんなに~。
と驚いているのは、12月中旬から1月中旬までの
ロードヒーテイングの電気代の請求書が来たのです。
わお。
昨年と比べると1万円も多いではあありませんか。
まあ、それだけ雪が降っているということですし、
ヒーテイングがあるだけ私のところは「ありがたい」
と思わなくてはいけませんわね。
そう、そのヒーテイングのことで、一つ勉強になった
事がありました。
それは、ある雪が一挙に沢山降ったときのことです。
札幌は除雪車が重たい雪を、しっかりと玄関先において行ってくれます。
これをまた車道に捨てようものなら、車の運転手さんからお叱りが・・・。
でも、もう雪を投げるところがなくなっていて(家の両脇も背の高さ以上になっています。)
では仕方ないと思い、店の前の歩道に満遍なく置いて
それからヒーテイングを入れ雪を融かそうと考えました。
その時、ある80過ぎのおじいさんが歩いてきて、
汗水たらしてやっている私に一言。
「これはいけないだろう。」
「いえ、今ヒーテイングで融かしていますので・・・。」
「とかすっていったって、歩きづらいんだから・・・。」
「・・・。」
といわれてしまったんですね。
当然その時は少し歩き難かったかもしれないのですが、一時のことですし、ほんの2メートル3メートルのことです。
でも、おじいさんには許せなかったんでしょうね。
ほいでその後、また雪が降って、先日のこともあるので、今度はまた歩道が綺麗に雪が無いので、そこの半分を残し、半分に雪を乗せ融かし始めたんですね。
その時、通りかかったのは、娘さんとお孫さんとおじいさんかな。
お孫さんを娘さんとおじいさんでソリに乗せて引っ張ってきたんです。
(雪国では小さい子供をよくソリに乗せて引っ張ります。私もよく親やおじいちゃんに引っ張ってもらいました。ただうちの親はちょくちょく途中で軽くなっておかしいと思っては後ろを見る私をソリからおとしていたようです。 ^^;)
今度は雪が無いので、当店の前をソリが滑らない為
娘さんが前を、おじいちゃんが後ろのソリを子供を
乗せたまま引っ張り上げ、歩いて通ってくれました。
それをみた私は、「すみません。ヒーテイングをして雪を融かしているものですから・・・。」
と声をかけると、おじいさんは、ニコニコしてわざわざ帽子まで脱いでいただき、「いえいえ、とんでも
ないですよ・・・。」と軽く会釈をしていかれました。とてもその表情、言葉のニュアンスから、
「融かして頂いているのに、逆に恐縮です。」という
感謝の気持ちが伝わってきました。
私もそのおじいさんの気持ちを有難く頂き、一日
元気に過ごせました。
この状況を比較してみると、お二人とも同じぐらいの
ご年齢のおじいさんです。
でも、一つの事に対して、180度の考え方をあらわすわけです。もちろんそれに伴う表情も、言葉も違いますよね。
今回はそれぞれに思いがちがったのだと言えばそれまでですが、ここで私が学んだのは、同じ時を過ごしてきても考え方も、表現も、言葉遣いもこれだけ違う
人になるんだということです。
人間は生まれも、育った環境も、持っているものも、
全て不平等です。
これは仕方の無いことで、そこで何を学ぶかが人それぞれなんだということを、ある本で読みました。
でも、時間だけは平等ですね。
どんなに偉い方でも、どんなに辛い状況を生きている人でも、貧乏、金持ち、全てにおいても、時間だけは
誰しもが同じだけ頂いているわけで。
(まあ、細かく言うと寿命はそれぞれ違うので、そこを言われるとまた話が変わりますが、ここは置いておいて・・・。)
1日24時間、1年は365日です。
どのように過ごすか、何を読み、何を食べ、何を考え
何をするか・・・・。
私も100%とは行かなくとも、なるべく後者のおじいさんのようになれるよう、時を過ごし、年を取って行きたいと思いましたね。
まあ、最初のおじいさんにも理由があったとは思うのですが、あまりにも険しい人相だったので、ちょっと
嫌な感じでした。
自分の不平不満を言う前に、相手の労をねぎらってから言うのでは、違う気がするのですが・・・。
まずは人は変えられないので、自分からです。
では、では、平等の時間をこの後はどのように過ごしましょうか。
紅茶でも入れ、すてきな音楽でも聴きながら・・・
・・・って、机の上のごちゃごちゃをまずどうにかしんしゃい練ってね。
ううううう。
そこからだ。嶺