その答えは君の手が握っている。

続きますなあ。この寒さに、この雪。
文句を言っても始まらず。
如何にかぜをひかないようにするのが、精一杯ですね。
こう、何日も寒さがつづくと気持ちまで落ち込んじゃいますね。
って、雪が原因ではなく、先日のことかな。
この頃寒いせいか、狭心症やら、心筋梗塞の方が、
多いんですよね。
私なんて、そんな事聞いたら、まあ、大変。
血栓は出来てるものの、血管は、がちがちに硬くなっているだろうと、すぐ思っちゃって。
何かあったら大変な事になっちゃうって、すごくあせってしまうのです。
で、またやってしもた。

何かって、そう、治そうとしちゃうんだなあ。
これが。
だから、こうしたほうが言い。ああしたほうが言い。
まあ、すぐ、あれもこれもって教えて、お客さん
苦しくさせちゃうんだよね。
ほんと私って、アホちゃうか。
いえいえ、アホちゃいまんねん、パアでんねん。
とと歳が、ばれる。嶺
って、まじめに、落ち込みいいいい。はあ。
その方の、理由ずけもそのまま、言葉で、取ってしまい、その後ろにある、感情なんかはにの次で、身体のことばかりを気にしてしまい。
こころを置き去りにしちゃったんだよね。
反省なら申でも出来るから。私も出来るんだが。
はひ。
いいだけ落ち込んで、私の気功の先生に電話したら、
その先生も『この頃思うけど、人ってどうしてなおるのかって考えると、患者さんは、我々のところに来る前にもう答えは持っているんじゃないかって。そう、患者さん自信も分かってないんだけど、我々のところに来て話を十分すると、その事について考えるようになって、そして、答えが出てくるんじゃないかなって。その答えが出ると、後はもう必要な物を入れると、とっとことっとこ身体がいい方向へ勝手に動いてくれるんだよね。』って。
そうなんだよね。その答えが出てくると言うか、見つかるまで、我々が見守るんだよね。
それが待てないつううの蓮
私ってせっかちなんだかなあ。
反省だよ。まったく。
どんな事でも、どのような立場であろうとも、同じかもね。
『あわてる乞食、もらいが少ない。』
待つ事の勇気が無いんだろうな。
そう、もしこれをしなかったら、どうなるだろう。
命にかかわるのではないか。
などど、すぐ、考えちゃう。
命に対しても、敏感すぎる。いや、やっぱり怖がってるのかなあ。
んんん。
なんにせよ、吐きたい人の背中をなでてあげれなかった事に対しては、以後気をつけないとね。
だって、吐こうとしてる人の、口ふさいじゃうんだものね。ひどいやつだ。
もっと具合い悪くさせちゃうなあ。
そうね。答えね。
人それぞれ持ってるもんね。
昔田中先生のお話にもあったよね。
『むかああし、昔、(日本昔話?)あるところに、1人の神童がおりました。その童は右手に鳥の雛を捕まえて、村の子どもたちに言いました。『いいか。これからあの山の仙人様の所に行って、仙人様仙人様、この鳥は生きてるか死んでるかわかりますか。って聞いてみる。』で、子どもたちが、ええええ。死んでるっていったら!『そのまま手を離せばいい。』生きてるっていったら!『親指と人差し指で、首を折るといい。』子どもたちは、へええ。さすが、神の童はちがうなあ。と感心しておりました。早速、その神童は村の子どもたちを引き連れ、山へ。そうしましたら、ニコニコと仙人が山の上で子どもたちを見て待っておりました。そこへ、神童が先程の質問を仙人にしたところ、一度目は、仙人様は、何も言わず、ニコニコと。もう一度仙人様仙人様、この鳥は、生きているのか。死んでいるのか。って、聞きましたら、その仙人様は、しゃきっとした顔つきで、『その答えは、君の手が握っている。』と』
そうなんだよね。答えは、それぞれが手に握っているのだよね。いっぱいいっぱいね。
ただ、その答えを見るか見つけられるのか。それが、いつなのかは、誰もわからないのかもね。
私の手は、何を握っているのでしょうか。
んんん。
おいおい。スコップだよ。

そっかああ。また、雪降ってきたもんね。
それが今日の答えだわん。聾