人の顔色が気になる。
人の顔色が気になる。
人の顔色を観る。
これは、医学的に病的な方を見るときの言葉としても使われますが、実は、うつ的な症状を訴える方の多くの方が言われることだと思います。
実際、ある患者さんもずっとこのことで悩んでいました。
というより、このことで、「苦しんでいた」があっている表現かな。
彼女とはすでに3年以上のお付き合いをさせていただいております。
私と会った頃の彼女は、非常に疲れていて、外にも出たくない、人にも会いたくない状況でした。
買い物はもちろん通信販売。
何かあればアルコールに走る。
そしていつも、ご主人、母親、父親の顔色を伺って
生きてきたようでした。
その彼女が、今日一昨日と昨日、続けて1人で出かけ、
妹さんのところに行ったり、買い物に出かけたりしたと言うのです。
この3年以上、わたしと会う前からだったので、約7,8年は出かけるのはわずかに食事の事のみで、
それもご主人と一緒じゃなくてはいけなかったのが、1人で、
それも、ご主人の顔色を伺わずに行けたというのですから、もうびっくり。というか、とっても嬉しいことでした。
出かけられたことももちろんすごいことですが、
次のようなことが起きたことがすごいのです。
それは、彼女の体の症状にあわせた
サプリなどを紹介しつつ、カウンセリングをしていくうちに、どんどん彼女は自分を見つめることが出来るようになってきていたのです。
私と会った頃の最初1年ぐらいは、話せばずっと泣きじゃくるばかりでした。
自分の過去を話すだけでも辛かったようです。
また、その次に来たのは怒りでした。
親に愛されていなかったことへの恨みつらみでしょうね。
でもそんな親を今は看なければならない歳となってしまっていて、顔色をみる彼女は、怒りやその後ろにある悲しかった自分を言葉で伝えることが出来ずに、
いつもアルコールを飲んでは、吐き出し、次の日に自己嫌悪となってまた泣いて。
わかっていても辛く、悲しく、行動には何も移せなく。
そんな彼女をそのままで良いと受け入れつつ、わたしも彼女と真剣に向き合い、ある時は一緒に泣き、ある時は叱り、ある時は褒め、慰め。
彼女とはいろんなことがありました。
もちろん私のほうが学ばさせて頂だいたことが多かったです。
そんなこんなをしているうちに、そのご主人に変化が。
彼もまた、そんな彼女に自分の事を伝えることも出来ず、彼女の顔色ばかりを伺って、生活していた結果、
彼もまたうつ的症状を発するようになったのです。
よく、夫婦は1人がそのような症状を出すと近くにいる
相手も同じような症状を出す場合が多いようです。
そうでなければ、別れ別れになるケースも多いですね。
でも、その彼にも、彼女にも、これは、ご夫婦にとっては最高の事柄となることなので、是非向かい合っていきましょう。とエールを送ったのが約1年前ですね。
それからまた、沢山沢山あって、今日。
彼女からの電話で、「先生、最近自分に変化があるんです。」
「んん?どんな変化」
「いやあ、実は、昔ならイライラしたり、腹立てたりした時はごっくんって自分のおなかにおさめていたんですよね。
でも、最近、彼が以前の自分のような症状を表すようになってから、イライラしても自分を一歩ひいて観れるような・・。」
「つまり、客観的に見れるって事?」
「そうそう、そして、ああどうしてイライラしちゃってるのかなああ。自分は彼にどう言ってあげればよかったのかなあ、ちょっと彼の課題をしょっちゃったかなあ。彼との距離ちかすぎたかなああ、って考えれるようになって。」
「そう。それってすごいことじゃない?」
「んんん、すごいのかどうかわからないけど、でも
イライラはあるから、このイライラ感を発散しに
1人で出てみたんです。」
・・・実は、今日の前にもイライラしてしまうのを自分で責められていたので、わたしから、神様じゃないんだから、イライラして当然。それを発散できる方法を考えてみては?それも建設的なものでね。とは伝えていたのです。
「じゃあ、彼と一緒じゃなく、それもアルコールを飲みに行くわけでもなく?」
との質問に、「そうなんです。妹のところで甥っ子と
笑ってあそんで、それから別ルートでドライブして帰りました。」
「気持ちはどうだったのかなあ」
「はい。とても気持ちよかったです。」
「それは良かった。」
「更に、次の日、今度彼がお昼でも食べに外に行こうか?って言うんです。でもわたし彼が私の顔色を伺って言っていることがわかったので、彼に、外に食べに行くのは嬉しいけど、あなたは私の顔色を伺って誘っているのがわかるから、そんな気持ちで行ってもあなたは楽しくないだろうし、本当は来たくなかったと。
でも、私が行きたいだろうって思っているから、それを汲んで行ったとなると、逆にもんもんとなるよ。って伝えて、それなら、私1人で行くから、あなたはあなたのしたいようにすればいいんだよ。お互い1人になる時間も大切だから。と言ってから、また、1人で、外に食事をしにいったんです。」
・・・・。
これを聞いて、私のほほを涙のしずくが流れたのは、言うまでもありません。
彼女が1人で立てた瞬間でした。
彼の顔色をみて、自分を押し殺し、それをわかってほしいといつも彼に、親に甘えていた彼女が、
自分で伝えることえをキチンと伝えたのです。
それも、彼が彼女の顔色を伺っているまで、指摘をして。
なんとすばらしいことでしょう。
其の後、彼女に「すごいよね。それって自分の気持ちをきちんと伝えれたことだし、ちゃんと自分が立っている証拠じゃない。先生感動したよ。
でも、どうして今までは伝えられなかったって思うのかな。」と質問をすると
彼女曰く「んんん、やっぱり自分の言いたいことを言うのは自分がなかったからじゃないかなって思うの。」
「自分が無い?」
「うん、自分らしさがわからなくて、だから不安で
それで、我慢して、でもわかってもらいたくて、
アルコールを飲んで、暴れて、人に迷惑かけて、
でも、やっぱり言えなくて。
ずっと人の顔色みて、判断していた。
それも、本当は自分の思い込みだったって
気づいて。」
「うん、うん。」
「でも、本当の自分は実は賢こさも持ち合わせていて、努力するとちゃんと出来て。喜怒哀楽も表現できて。それでいて、人を思いやる優しさも持ち合わせていて、ちょっとチャーミングかなあ。(笑)」
「いやあ、それは私も思うよ。
最初から、あなたは賢い人だなあ、って思っていたし、美人だし、かわいいし、優しさもある。
喜怒哀楽の表現もしっかりしているよね。」
「そう思えてきてから、彼の顔色も観なくなったような気がするのね。
それと、先生に言われてわかったけど、彼に対してイライラしたとき、私は神様じゃあないし、神になろうとして背伸びしてたって気づいて。イライラしてもいいんだって、但し建設的な発散の方法を見つければ良いって言うのもわかって。」
「そっかああ。そうだよね。
どうしても人間感謝することと、我慢することをごっちゃにしちゃうから自己嫌悪になるよね。
感謝は感謝。伝えることは伝える。
気持ちはどんな感情もOK。
それを、誰かに何も言わずにわかってもらうのは、甘えだもんね。
我々人間は言葉を持っている。
聖書にも、最初に言葉があった。って言ってたよね、。
自分の気持ちをキチンと言葉として伝えれれば、
それも、相手の顔色を観ずに伝えれれば、こんな自由なことは無いもんね。
よく頑張ったよね。
すごい。本当に感動したし、私自身、学ばさせてもらいました。有難うね。」
つらつら考えると、彼女とはいろんなことがありました。
途中で、神様、仏様(広い意味での)にも聞いたことがあります。
彼女と向き合い、気づきが訪れれるのは、わたしの役目では無いのでしょうか?と。
何度も聞いたことがありました。
それは、私自身がわたしと向き合わせてもらえるかどうかの問いでもあったと思います。
彼女自身、自分から逃げずに向き合ってくれたことが、わたしを成長させてくれました。
今思うのは、彼女が私を選んでくれて有難うという
感謝の気持ちで一杯です。
人の顔色が気になる。
人の顔色を伺って物を言う。
このことは、自分の気持ちを伝える事で、
クリアできる事でしょう。
自分を好きになる。
自分に自身がもてるようになる。
そして、感謝は感謝の言葉を。
複雑な感情は冷静に言葉にして。
人は人を鏡として、自分を観させてくれます。
これからも自分の気持ち、キチンと伝えていきましょう。
・・・というところで、ピンポンパンポーン
ここでお知らせです。
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是非ご参加くださいませ。
初めての方でも大丈夫です。
自分の気持ちを伝えると、とっても体が軽くなりますよ。
言葉を伝えるのは、練習あるのみ。
おいしいお菓子を食べながら、楽しく私達とお勉強しましょう。
お待ちしておりま~す。
優香先生でした。