受容の受容
ヤッホー。
お蔭様で、一昨日「やまとしあわせ講座」第一回
順調に滑り出しました。
久々の講座と言うこともあり、また、今までの心のからくりをまとめあげると言うこともあり、少し緊張した面持ちで始まりましたが、昼食も挟み3時間半の講座を終えることが出来ました。
これもひとえに、以前のお店からのお付き合いいただいております患者さんや、新スタッフのお陰で、開講でき、終えれることが出来ました。
感謝しております。
終わってから気づいたのですが、写真も撮っとけばよかった~。です。
でも、自分も含め8名の皆さんで、とっても和気藹々と出来たのが、何よりでした。
内容は、まずは基礎からもう一度見直そうと思い
自分なりに試行錯誤で資料を作りました。
終わってからスタッフに感想を聞くと、「わかりやすかったし、楽しかったですよ」と嬉しいお言葉。
楽しいのが一番。
楽しく無きゃ、覚えないし、続かない。
更に、更に、今回の講座をするにあったって、私もまた気づかされたことがありました。
それは、資料を作るのに、昔の本を出してきたり、
田中先生の講演CDを聴いたりして、気づいたことが。
カウンセリングには、クライアントさんのことを
丸ごと受容することが大切と習います。
受容とは、何でもOKというわけではなく、起こしてしまった問題の行為についてではなく、その陰に潜まれている言葉にならない感情を丸ごと受けると言うことです。
例えば、極端な例は、「ぼく、万引きしたんだよね」の話から、万引きした行為そのものを、OKするのではなく、万引きをせざるをえなかった、その人の感情を丸ごと受けるのだそうです。
この時、万引きしてしまった、彼(彼女)の中に、
寂しさがあったのか、苦しさがあったのか、などなど。
でも、とてもこころの傷が深い方は、もう一歩
その奥に感情を隠し持っているものだそうです。
例えば、寂しいといいながらも、実は、その奥には、怒りがあったり、憎しみが潜んでいたり。
こうなると、一段階目での受容をしたうえで、
もう一歩踏み込んだところもこころ開いてもらい、
更に受容するということが必要のようです。
ですが、この奥深く行くまでには、相当のクライエントさんとの信頼関係が出てこないと、切り込むことは出来ません。
そして、その間には、ご自身でもわからない、探しても見つかりません。と言います。
その時、私は今まで、無理にその部分をはがすことが
必要なのでは、と思ってきていたのです。
つまり、「病床利得」と言う言葉があります。
不安や、自分の見たくない、知られたくない
所をお持ちの方は、究極病気を理由にしてしまいます。
小さいとき、学校へ行きたく無い理由があったとき
朝になるとお腹が痛くなるのと一緒ですね。
そんな時、その次の部分がわかっているだけに、
ご自身で認めちゃうと、すっとよくなるのはわかっていても、なかなかおく深くまでいけないものです。
そこで、私は気づきました。
病気は治そうとせず、わかろうとせよ。と言っておきながら、やはり治そうとしていた自分がいました。
病気はよくなってOK 悪くなるのはNO
でもどうでしょうか。
本人にとって、この病気があるからこそ、崩れそうになる心を、なんとか保っていれるのでは。
これをそっくりそのまま受けるとは。
受容するということは。
本人は、自分では薄情だとか、冷たい人間だとか、
そんなことで、怒ってはいけないなどなど自分の
思い込みだけでかたくなに心を閉ざしているのですが、いったんそれを口に出してもOKというところであれば、安心して出してもよいと言うところがあれば。
では、安心して口に出すと言うことは。
どのような感情を持っていても、そうせざるを得なかった状況が、その人にはあったと、認めて許してあげれれば・・・。
それをそのまま受けると言うことになるでしょうか。
そうすると、固い扉も、少し隙間が開いてくるのかも
知れません。
受容とは。
一度、二度は当たり前。
それからまだまだある扉を開いても、また開けない状況であっても受けて行けれれば、本当の自分に出会えるのかも知れません。
それから、自分の言いたいこと、伝えたいこと、
したいこと・・・etc・・・。
本当の自分が見えてくるでしょう。
講座をする前に、このところに気づけて、出来たことに感謝です。
次の5月10日も楽しい1日になりますよう、
祈っています。
合掌