今、出来ること。

こんにちは。
お盆が過ぎてもう北海道の夏?は終わったのでしょうか。
終わったんですねええ。
ちょっと寂しい気がしますが、これも自然の事。
人間には逆らえませんねえ。
心配なのは、農作物ですよね。
農家の方は大変だと思います。
少しでも太陽さんが多く出てくれると良いですよね。
我々に出来ることは、祈ることぐらいでしょうか。
そう、その出来ることといいますと、お盆は大変でした。
最初の日は、母方の先祖のお墓まいりで、滝川へ。
お天気も暑くも無く寒くも無く。
走りやすい気温でした。
久々に、母のお姉さん(上から2番目)のおばさんを
岩見沢で乗せ、女3名の珍道中。
途中、美唄の鳥飯がうまいと聞きつけたおばさんは、
どこで売っているのか定かでなく。
まあ、84歳ともなれば、聞いたすぐその時から忘れるらしいです。
で、あちこち探しつつ、ようやくその鳥飯のお弁当をゲットし、いざお墓へ。
更に途中、飲み物がないだ、暑いの暑くないのと、ピクニック気分で。
更に、お墓について草取り、掃除をして、お坊さんに
お経を上げてもらい、やれやれ一休み・・・。
が2時間休み。
あれ食べれ、これ食べれと、本当にピクニックしてきました。
まあ、おばさんも今回でこのお墓参りはごめんしてもらうかもしれないと弱気なことを言っていたので、
ゆっくり出来たから、ご先祖様も喜んだでしょう。
で、次の日は1日実家の掃除だの、自分の掃除だのをして、終り。
また、次の日は、今度は父方のお墓参りに。
父方は、お坊さんが朝早くお参りに来てくれるので、
それを待って、そしてお墓へ。
こちらは、石狩のほうで近いと思いきや、道は込み込みで。
でも何とかお昼までには帰って来れました。
それからが、問題発生。
母の方へ帰ると、おととい一緒にお墓参りに行った
おばさんから電話。
なんと次の(3番目)のおばさんが朝から、胃の痛みを訴え、また食事を吐いていると。
ちなみにうちの母は4番目で女4人姉妹なのです。
で、このおばさんにもお墓参りを誘ったのですが、
腰痛をずっと訴えていたので、いけないとの事。
それで、帰りにも寄ってあげればよかったのですが、
ちょっと疲れてしまって、顔もみないで札幌に帰ってきちゃっていたのです。
そのおばさんももうご主人(おじさん)はずっと以前に亡くなられて、1人暮らし。
娘も私より10歳上ですが、1人娘で、その娘は
嫁に行き、子ども3名をつれ、だんなさんの実家へ
お墓まいり(芽室へ)。
それで、84歳のおばさんが74歳の母に何をどうしれともいわれず、電話をよこしたのです。
運よく?私がいたので、来なくてもいいといわれましたが、お昼を食べすぐにおばさんの家へ。
よくよく聞くと、前の日痛みで、救急車を呼んだと。
そして大きい病院へ行ったら(その町では救急指定)
筋肉痛と言われ、座薬を1つ入れられ、それでシップをもらい、帰されたとの事。
・・・・。
78歳、筋肉痛って・・・。
口を開けている暇ななく、おばが痛みを訴えるので、
急いで近くの病院を探すも、運悪くその日はお盆で
どこも休院。
ようやく見つけた病院も、症状を言うと、うちでは対処できないと。
仕方なくもう1つの大きい病院に電話しても、そこは
3時までの受付。
いやああ。
こ、こ、これって、テレビで見ている、あの病院たらいまわし!!
妊婦さんでもないし、私が見たところ、脳出血系でもないようなのでいいけど、これはひどい。
それで、具合悪がっているおばさんを無理やりだったけど、「おばちゃん、札幌いくよ。もうここでは、見てもらうお医者さんいないから。」
といって、すぐ車のシートを倒し、高速150キロ。
こういうときパトカーさんが来てくれたら先導してもらおうと思っても、あいにく反対車線は頻繁にくるけど、こちらは来ず。
まあ、いいっと思い、高速を降りてからすぐに大きい病院へ。
そこも4時までの受付だったのをなんとか頼み込んでの、受診。
すぐ、おばちゃんを車椅子に乗せ、処置室へ。
で、素人の見立ての胆石か、腎結石の気がすると伝え、すぐ点滴を。
また酸素吸入もしてもらって、ようやく顔色が出てきて、しゃべれるようになったのです。
やれやれ。
その後、母やもう1人の伯母上にも電話連絡をし、
いとこの娘にもようやく連絡が取れて、バトンタッチをしたのが、夜の7時を過ぎていました。
まあ、たまたま私が休みだったのと、お墓参りを全て終わらせていたので、なんとか行けましたが、ここの
親子も問題があって。(人の家のことは言えませんが・・・書いています)
どうも娘の言うことをおばちゃんも聞かず。
またおばちゃんの言うことを娘も聞かず。
口を開くと、来なくて良い。
面倒はかけない。
・・・。
と言っても年をとると誰かに見てもらわなくてはいけないわけで。
現に1人で病院にも行かれず。
姉妹もすでに高齢。
でも、元気になると、悪態ばかりをついちゃうんだなあ。これが。
救急の先生が、腹部動脈瘤の疑いがあるので、
造影剤をいれて、検査したほうが良い。
といわれたのね。
で、その前に、造影剤の副作用を説明に来た看護師さんに、その造影剤で下半身不随になった人がいるよね。とおばさん。
でも、看護師さんは、一応対処できるようになっているとの事を説明。
私も、ここで、やってもらったほうが、何かあってもすぐ対応できるし、おばちゃんは糖尿やアレルギーの既往歴がないから大丈夫だと思い、やってもらったらの一言。
すると、おばちゃんは、「怖いというわけでなく、
それで一発死ねばいいけど、中途半端は嫌なのよねえ。」
・・・。
看護師さんも困り果てて、すかさず私から「大丈夫その時は一服盛るから」の一言。
そして、決め手は、「おいては姪に従え、でしょ。」
(娘に従わないのなら、姪ですよね ><)
との台詞を言うと、おばも苦笑して、やってもらいました。
だが、これで終わらず。
今度娘が来たら、娘は娘で「わたしが側にいても
呼ばなかったんじゃないの!」
の一言。
あのねえええ。^^;
ここの家はどないになっているのかしらん。
母1人、子1人なはずだが・・・。
まあ、どこの家もそれぞれあるのでしょう。
伯母上さんも私の言うことは聞くし、娘も私の意見は聞いてくれるのですが、あの二人になるとどうもずれるのよねええ。
建前で親子しちゃってきてるのね。
ずっと、ずうううっと。
さてはて。
その後どのようになったかといえば、やはり伯母上は
別な病院に入院したらしく。
ひとまず安心なのですが、その後も痛みと吐き気はおさまっていないようなので、医療従事者の端くれとは言え、ちと気になるわけで。
ただ、これまた親戚は大変なのです。
よかれと思ってしても、後々ああだのこうだの言われるしね。
それはどこのおうちにもあるらしい。
いやはや。
まずは、私の今出来ることからですね。
伯母上の家に行った時、「ゆっくりとあなたと二人で話したかった・・。」って言うのを聞いたので、そうだそうだ、治そうとするな、わかろうとせよ。を思い出し、今度病院に行ってみようと思っています。
どうしても、すぐ元気になること、痛みが取れること、吐き気を収めることのみ考えますが、
痛みもストレスから来るときもあれば、吐き気はそれをずっと飲み込んできたからとも考えます。
伯母上の体は一杯一杯なのでしょう。
いえ、こころが・・・かな。
まずは、私の出来ることは、話を聴いてあげることからですね。
これならすぐ出来るものね。
世の中には、実の娘と母親と言ってもお互いが別々の方向を向いて生きてきてしまっている方が沢山おります。
私がその方々の潤滑油になれば、それはそれでいいのでしょうね。
だって、心のそこでは、お互いがお互いのことを思いあっているのですもの。
やっぱり親子です。
血が繋がっているのです。
それが、うまく表現できなくて。
それも、顔を合わせると特に反発しあって。
不謹慎ですが、伯母上の体はとても小さくなっていました。これからそんなには長く生きられるかどうか。
このまま向こうに行ってしまってはとても寂しいことです。
娘がいつも母のことを思っていることを伝えなくては・・・。
そして、母がいつも娘のことを考えていることを知らなくては・・・。
間に合ってほしいです。
私の出来ることをさせていただくまでは。
・・・・。
ささ、ご先祖さんの力もかりて、やってみましょうね。
さて、話は変わりますが、インフルエンザが流行ってきています。
私の予測では、9月の末頃と思っていたのですが、(枡添大臣と一緒のこというなっつうのね!)
皆様も今出来ることをしましょうね。
うがい、手洗い、寝不足に気をつけて、
ビタミンミネラル補給。
うちも漢方準備しておかなくっちゃ。
今、出来ることをね。劣