気づきの瞬間は最高!
こころ・たましい
2009.06.11

 最近空模様がぱっとしませんねえ。
本州は梅雨が始まったそうですが、ここ数年は北海道も追従するように、どんよりとした雲が漂っている今日この頃です。
それでも、私の心は晴天なり。 晴れ
といいたいところですが、私の心も梅雨らしきものが・・・。
というのも、以前にも増して、心がダウンしている
方が多くいらっしゃております。
それぞれに悩みを抱え、体調不良を訴えておられるのですが・・・。
もちろんお話も聴きますし、どのようになりたいか
などなど、ご本人さんのしたい方向へ私は沿っていくのみ。
とこころがけるのですが、最近はどうも、それも違うような。
例の迷いがはじまったのかしらん。
「このやり方で本当にいいのだろうか」「他に何かしてあげれることは無いのか。」「自分の思い通りにならないと考えているのか。」「私が握っているのか」
まああ、いつものことです。
この仕事を始めてからは、絶対これでいい。
と思って進めてきたことがないかも知れないですね。
そんなこと言うと、お前プロだろ。
とお叱りを受けるかもしれませんがね。
お薬に関しては、たいてい自信をもってオススメするのですが、それでも、結果のでないこともありますから、全てOKとはいきません。
まあ、このくらい、これでいいだろうかという疑問を
持ちながらのほうが、成長はしますが・・・。
本当に一歩一歩です。
どんな仕事もそうですが、我々の仕事は、対お客様の心と話をするわけで・・・更に、顕在意識ではなく、
潜在意識のところに目を向けて、聴かなくてはいけません。
そう、そこで迷いや、疑問が出るとふらーっと
本屋さんへ。
まあ、それでどれだけ助けられたことか。
そして、今回手にした本から、ハワイで伝わる
ホ・オポノポノという、考え方。
それは、ご存知の方も多いかもしれませんが、
今現在自分の目の前に居る人物にせよ、物にせよ、
全ては自分の潜在意識の中から生まれているものである。という考え方。
端的に言うと、今胃が病んでいる人が自分のところに来たら、それは私の潜在意識の上で経験したことで、それを浄化するとその人も楽になるとの事。
つまり、自分に原因があって、自分の中でのこだわりや、捕まえているものが、今目の前に現れてくれていて、その方や、そのもの、その現象が自分の中を浄化してくれる為に来てくれているんだと、考えよ。
との事でした。
なるほど~。
といつものように、すぐ素直に考えてしまう私としては、そのやり方を実践し始めたのです。
患者さんやスタッフが来られる前から、又は、来てから心の中で「有難う」「ごめんなさい」「許してね」
「愛している」の4つの言葉を繰り返し。
そうしても、すぐには結果は現れず、
逆に、電話で話していた患者さんの様態はそれ以上良くならず、また、来店予定の方もキャンセルされ。
んんん。
そうこうしている間に、だんだんと落ち込みが激しくなって来て。
全て私の前世の記憶の中での悪い部分が出てきている
ということは、そんなに私が悪い事をしたのだろうかと・・・。
あいやああ。
いかんとよ。
この雲ならず私の気持ちまで、どんより。
この状況の方が、もっと悪いんじゃないかと。
更に、追い討ちをかけるように、ある所の情報から、
とても信頼と尊敬をおいていた薬局の先生が
みんなとの約束を守っていなかったことがわかって。
とっても、とってもショックを受けて。
まあ、精錬潔白な人はいないとは申せ、ショックで。
何を信じればいいのか。となりますわね。
でも、そんななか、元気をもらえる、たいへんありがたいお話を頂きました。
それは、当店の患者さんですが、ご本人の了解を得て
話をさせていただきます。
内容は彼女の気づきについてでした。
彼女は、ある学校の先生をしておりますが、ずっと
頑張ってきて、小さい頃から、お父さんにも、お母さんにも頑張れ、頑張れとしか言われなく、とうとう、
数年前に学校に行く汽車の中で、呼吸ができなくなり、パニックになり、具合が悪くなっちゃったんですね。
すぐ病院に行きますと、神経の病だと。
つまり、パニック症候群だというのですね。
それから、色々な精神薬を飲みましたが、よくならず、当店に通い始めて。
最初の頃は、何が何だかわからなかったようですが、
一週間に2度3度来られるうち、だんだんとご自身の
育った環境、今の状況、頑張りすぎた自分の体への
いたわりなど、客観的に自分を見れるようになって来ていたのです。
はじめ、なにも断ることもできなかったのですが、断ってもいい。具合が悪いと言ってもいい。など、弱音を吐くことを知り、自分を褒めることもできるようになりました。
そうしたら、今度は、生徒さんの悩みまで聴けれるようになって。
でも、ここ最近は仕事の忙しさと、疲れていたせいで、生徒さんの悩みまで聴くと、ちょっと具合が悪くなってしまっていたようです。
私は、いつも、「それは誰の課題?」と聴くのですが、それさえも、ごっちゃになっちゃっていたようで。
それで、ある先生に相談したところ、その先生から「あなたも、その生徒さんと一緒なんじゃないの」
の一言。
彼女は更に追い討ちをかけられたように、ダウンしちゃったんですね。
人を生かすも殺すも言葉なり。といいますが、いやはや。
ですが、それでも以前の彼女と違っていたのです。
それを聴いたのはとてもショックでした。とはじめは言ってました。
そして、「このことにも意味があるから」とアドバイスをしていましたら、次の時にご様子を伺うと、
「先生、私あの瞬間は、○○先生に対して怒りもあったけど、よく考えてみると私自信完璧を目指してしまう傾向があることに気づいて。
それは、小さい頃からのもので、この完璧主義が
全て自分の思う通りに行かせようしていたのかも知れないって。 だから、初めてのことや、経験のないことをするのが、とても恐ろしくて。不安で。
完璧にこなそうとしていたんですね。そして、私がそれを握っていたのが良くわかったんです。
また、わかってから、初めてなんだから、失敗してもOK、わからなくてもOK、また違うやり方をみつけてもOKという気持ちになって。
そうしたら、
近くのイタリアンレストランのお店の人と仲良くなって、昔から、生徒さんの教育もさることながら、心のケアを題材にした仕事をしたいと思っていたのが、そのお店の人と意気投合して・・・。
更に、難しいと考えられていた生徒の1人からも、
私と同じような境遇で育ったということをうち明かされ、私の仕事を手伝ってくれないかと誘ったら、OK
が出て。
なんか体が軽くなって、今何でもできそうなんです。」
の状況報告をもらいました。
「そうだったんだ。良かったよね。なんかいい方向に回転していきそうな感じだよね。」
「はい、だから、きついと思った同僚の先生の言葉で、気づけたんですよね。」
「それも、感謝だわね。」
「はい、今はとっても感謝です。」
の言葉をもらいました。
やああ、こちらまで喜びの気持ちが伝わってきました。
何年もかかってきたけど、これでよかったんだと。
逆に私がこの話を聞かせてもらって、感謝しました。
勇気もいただきました。
こちらもちょと下がり気味のところだったので、
あああ、この仕事やっていて良かった。の瞬間でしたね。
そして、最後に彼女へは「やっぱりあなたが求めたけっかだよね」の一言を送りました。
私がどんなに彼女に思いをいだいても、元気になってほしいと思っていても、彼女自身がそのように思わない限り手と手は繋がらないのです。
もちろん、そのように欲したい、そのようになりたいと思ってもらうよう、私が表現していければいいのですが、なかなかそのようにできないのが現状でして。
やはり自分なのですわね。
ただ、自分で気づいた瞬間、人生180度の転換が待っているのは、確かです。
いつ、どこで、何を気づくかはそれぞれなのでしょうけれども、求めないとね。
それでも昨日ですか。
私の家にも200度ぐらいの転換が。行き過ぎ?
それは、いつも父のことを悪く言う母が、
「あんなお父さんだけど、これも縁で、お母さんが
結婚して、あんたがうまれたんだよね。」
とまあ、あったりまえのことでしたが、しみじみ
言うのです。
そして、「縁だったんだから、感謝して、そうじでもするかね」
といって、ずっと行っていなかった、父のところの掃除に2人で行きました。
ゴミ有料化の前に少しでも出そうという、
せこい希望もありまして・・・。^^;
一生懸命掃除をしてきました。
それから母は「自分が一緒に暮らしていないのに、
あんたに迷惑かけてもうしわけないね」の一言。
更に、夜になって父から「綺麗にしてもらって有難う。ママも疲れただろう、よろしく伝えてくれ」の
言葉。
・・・。
いつもなら、母は「なんであの人のところを掃除しなくちゃいけないの。あんたが行くから仕方なく行くんだから」
父は父で、「勝手に色々投げられたら困るだろう。
使うのにとっていたんだ」
とまあ、こんな調子ですが、上記の2人の言葉は私からすると、奇跡でした。
子供ながら、目頭が熱くなったのは言うまでもありません。
実は、これは落ち込むといっていたホ・オポノポノの
お陰かも知れないと思いました。
掃除に行く前に、父と母の悪態をつくところは自分が原因なのかと思い、父、母を思い浮かべながら
先程の言葉を唱えていたのです。
「有難う」「ごめんなさい」「許してください」「愛しています。」とね。
んんん。
これって、やはりいいのかも知れません。
良ければ皆さんも試してみてください。
ちと、自分が原因というと、落ち込みもあるので、
あまり考えず、その人をイメージしながら、言葉のみをかけてみては。もちろん心の中で結構ですよ。
あなたにも奇跡は訪れるかも。
これが、長く続いてほしいのが今の私の願いですが。
まあ、ただ、悪態をついていた人たちが、「有難う」
「ごめんなさい」などと言うと、先が無いような気がするのは、わたしだけでしょうか。
よく人間亡くなるときどんな悪い人でも、「有難う」って言ったら、最後だよ。などと聞いたこともありしてね。
いかんいかん。
まずは、
“気づきの瞬間は最高”という事で。 ぴかぴか(新しい)

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