重い扉。
「やまと」の現場から
2008.05.15

 さっぶいですうう。
そう、もう今日は5月の15日になっていたのに、
ストーブさんとお別れできないですねえ。
って、ご、ご、ごがつうう。
いつの間に5月になっていのでしょうか。というくらい、なんだかかんだか忙しかったですねえ。
暑いだの寒いだのと言いつつねえ。
さてはて。
なぜに忙しかったというのは、
まあ肉体的にも忙しかったのですが、やはり私の頭の中かなあ。
いえ、私のところに来てくださる方も忙しかった。
ん?苦しかった。
ん?重かった。
そう、この4月、5月の今まで、同じ時期に沢山の方々が同じ扉を開けようとしています。
何の扉かというと、探しあぐねていた自分の魂の扉かなあ。
色々な方がそれぞれの養育暦を持っています。
そのうちの1人、彼女は、いつも孤独でした。
いつも怒っていました。
いつも泣いていました。
私のところに来るまでは、独り家に閉じこもるしか
無かった。
そして、病を期に、当店に訪れて頂き、しっかりと
ご自分の心と向き合いだしたのです。
数ヶ月前にはお母様との関係を。
一度自分を解放されたら、今度は先月の中ぐらいから
吐き気と、むかつきと。
その状況を聞くに、何か心にも引っ掛かりがあるような。
それは、お父様との関係でした。
彼女も私とずっと話をしてきて、わかっていたのでしょう。
心に引っ掛かりがあることを認めてしまうと、どうしてもお父さんと向き合わなくてはいけないだろうということが。
だからはじめは何も原因が見つからないと私には言ってました。
そう。
見たくなかったのね。自分の心が。魂が。
でも、薬を飲むと楽になるけど、やめるとまたえづきが来て、苦しくて、最後は食べた物も吐くような状況になり。
そして、彼女はいいました。
「実は、先生、私無いとは言っていたけど、本当は心の引っかかり、あるんだよね。」
との言葉から、しっかりと聞かせてもらいました。
以前より、幼少のころに、父様からの暴力を受けていたと。
それから、一時預けられたおばさん、おじさんからも
暴言も、びんたもあったとの事。
そのころ彼女はまだ幼稚園児。
でも、泣いては負けだと思い、歯を食いしばり、
大人になってからも独り戦いながらこの世を生きてきたのだと。
それが、人間関係を悪化させる原因にもなっていたようです。
いつも自分は強くなくてはいけない。
いつも自分は泣いてはいけない。
いつも自分は独りで我慢しなくてはいけない。
いつも、いつも、いつも・・・。
それが、すでに私の所に来てからは、強くなくていい。泣いてもいい。我慢しなくてもいいと。
そして、今までの思いをしっかりと出しいました。
ですが、扉はまだあったようです。
最近、この年が明けてから、少しずつ、お友達や、
テレビでの事件などを通して、彼女の魂が奥底から、突き上げてきたのでしょうか。
お父さんとの関係を見直さなくてはいけない時期に来たようです。
小さいときの記憶は深く、深く細胞の中にうめこまれてしまっていると言います。
それが、何かのきっかけで、出始める。
そして、私は彼女に「何度も、何度も出てくるのであれば、やはり一度しっかりと向き合いたいと言う意味じゃないかなあ。」
「そうだよね。でね、先生。
その親父、今はどこかの精神病院に入院しているって風の便りで聞いていてね。ずいぶんと前だけど、それを聞いても会いに行こうだなんて、これっぽちも思わなかったんだよね。」
「そっかあ。」
「でもね、不思議にこのごろ連絡してみようかって気持ちが出てきてさあ。あんなに憎らしく思っていた親父のことなのにね。」
「そうだよね。当然だよね。そんな感情を持っていたのに、会いにいくだなんて、すごいねえ。」
「ただ、怖いんだよね。何かわからないけど。」
「うん。うん。怖いねえ。」
「けど、会いに行かなくっちゃて感じが強くてええ。以前ほどの怒りはないからねえ。」
「怒りは無いの?」
「うん。怒りは無いけど、怖さがある。けど・・・本当は・・・。」
「本当は?・・・」
「本当は・・・最後に抱きしめてもらいたいのかなあ。愛してもらいたいのかなあ・・・。
「・・・。」
「ほら、向こうももう年だから、いつどうなるかわからないジャン。」
「そうだね。しっかりと抱きしめてもらってきなよ。きっとあなたなら、この扉開けれるから。それだけの力ついたと思うよ。」
「うん。」
そう言って、彼女は勇気を振り絞ってお父様の病院に行かれたそうです。
実際行って見たら、病院に入るのも、面会するのも
何も心の抵抗が無かったそうです。
そして、感動の一幕。
病院の関係者には彼女が行くのをお父様には内緒にしていたそうです。
お父様もびっくりされて・・。
そして、いつもお父様はご自分の感情をごまかすことでしか表現できないお父様だったようで。
「なんだ。なにしにきたの。お前の事だからどうせ、どこかに来たついでに寄ったのか?」
との言葉に、彼女もいつもでしたら、ご自分をごまかした言葉で答えていたといいます。
ですが、今回は違っていた。
「そんなこと無いよ。どこにも行くところないよ。
お父さんに会いたくて。お父さんのところに来るためだけに、今日はわざわざ来たんだよ。」
お父さんは号泣されたそうです。
その涙につれられて、彼女も一緒に涙を流してきたといいました。
そうです。
彼女の重い扉は開いたのです。
その中には、今まで大嫌いだった父親を、憎しみや、
怒りで一杯だったと思った自分の心の中を開けた
瞬間でした。
その開けた瞬間に全ての感情を解放し、彼女は自分の心をごまかさず、素直にお父さんに甘えられたようです。
重かったと思います。
辛かったと思います。
怖かったと思います。
でも、彼女は勇気を振り絞り、自分と向き合い、
お父様と向き合い、そして許した。
この許しは、お父様でもあり、自分でもあるのでしょう。
それから彼女の症状は柔らぎ、今は、すがすがしく、
毎日を過ごされています。
彼女の顔から眉間のしわも、涙も消え、きれいな瞳と、笑顔が戻ってきました。
私は彼女に、よく頑張ってお父さんに会いに行ったよね。そして、自分の気持ちをごまかし無く、表現をしてきたよね。立派だったね。すごかったね。と、言葉をかけました。
私も本当にうれしかった。そして、彼女から、
大きな、大きな勇気をもらいました。
人は皆、大きくなってから初めて自分の小さいときの感情を思い出すようです。
それは、大人の人間関係を通して、感情転移、つまり、たいしたことでもないのに、怒りをぶつけたり、怒鳴ったり、いらいらしたり、落ち込んだり。
これは大人になって初めて感じれる、いえ、言葉に
表現できるものです。
では、その感情はどこから来るのでしょうか?
色々突き詰めていくと、やはり、幼少期に戻ります。
父、母、もしくは養育者に多かれ少なかれ怒りも恨みも憎しみも持っている。
本当は優しく、愛したいのに、愛してもらいたいのに、その感情を我慢して、我慢して、いるところに、
いつの間にか親だけが年を取り、逆にこちらに愛情を求めてくる。
そんな親に優しくしたくとも、なぜ愛されていないのに、自分が愛さなくてはいけないのか。という疑問
も出てくる。
そこに、葛藤が起きてしまう。
更に、そんな親が自分と一緒だと思うと、彼女のように、吐き気も、むかつきも出てきてしまう。
受け入れたくない。
自分は違うんだと。
だから、重い、重い扉で閉めてしまい、死ぬまでそれを開こうともしない。
いえ、開きたくとも、開くエネルギーを失ってしまっている。
それでも苦しい。辛い。わかってほしいと、今度は他者へ依存してしまう。
こんな悪循環を、毎回、毎回繰り返してしまうようです。
でも、いつか必ず、彼女のように、この扉を開けてほしいと、誰かわからないけど、扉の向こうからメッセージが来るのですね。
それが病となって現れるのが多いのかも知れません。
自分の扉を開けたら、どんなにか怖いもの、辛いもの、見たくない、どろどろしたものと皆さん表現しています。
もちろんそれもあるかもしれません。
ですが、私は確信しています。
そのどろどろの中には、必ずや、みんなみんな光輝いている宝石があるのだと。
それは人それぞれ、違う色を放っているかも知れませんが、とてもきれいだよと。
それを、仏教では、菩提心とか、スピリチュアルでは
光とも言いますね。
それを神とも言うこともあるかもしれません。
今私の周りでは、沢山の方々がまさに、この扉の前に来ている方が多いです。
そして、手をかけている方。
少し開いて見た方。
開こうか開きたくないか迷っている方。
それぞれの場所で思い思い考えているようです。
私もつい数ヶ月前に重い扉を開けました。
そこには、予想だにしなかった思いがわんさと。
そして、こんな自分がいたのか。こんな卑劣なにんげんだったのか。などなど。
ここには書ききれないものも出てきました。
ですが、その扉を開け、ゆっくりとその暗い道を歩くと両親に対する今までの自分の愛情欲望に対する、懺悔の気持ちと、感謝の気持ちを見つけることが出来たのです。
それからですかね。
自分の中に憎しみという言葉が無くなったように思います。
ここを通り抜けたからといって、扉が無くなったというわけでもないと思いますが、それから沢山のことと
遭遇しても、何故か人を憎むということが出来なくなりました。
って、これってはじめから持ってはいけない感情だとは思いますが、自分にはあったのですね。^^;
ですから、今その扉の前まで来た方も、これから来る方も、私と同じものがあるかどうかはわかりませんが、怖がらず開いて、通ってみてほしいです。
きっと何かが、いえ、自分のありのままがきちんと見えて、もっともっと豊かに、幸せに暮らせると思います。
どのようなものが出てきても、怖がらず、これは全て今まで生きるために必要なものだったのですから。
         
     全ての方が重い扉が開けれることをお祈り
     しております。 烈
     

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